理論最大値


「やあやあ、話を聞いて欲しいんだけど」
「あー、はいはい」
放課後。HRが終わった直後に、香津美が歩み寄ってくる。
「あー、今嫌な顔した。ウザいって思ったでしょ?」
「そんなこと無いから、どうぞ」
察してください。
「でね、キスのことなんだけどさ?」
「ぶっ!!」
僕は思わず噴き出し、そして慌てて周囲を確認する。
が。
隣の奈々はもとより、クラス中の誰も気にしていないようだった。
僕は……周囲にどう見られてるんだ?
「ほう、キスの話など……あんたに解るのかい?」
「うあ」
振り向くと、後ろに座ってるさつきが身を乗り出していて、
思わずそのまま唇が当たりそうになる。
「ち、惜しかった」
「するつもりかよ!」
「……」
それを、あきれたような流し目で見つめる奈々。
放課後は、たいてい……この三人が僕を取り囲んで、弄る格好になっている。
勘弁して欲しい。
「で、キスが……どうしたんだよ?」
さつきが話を戻すと。
「ほら、キスって……愛を確かめる行為の割に、接してる場所が少なくない?って思ってさ」
「まあ、そりゃ……唇を触れるだけだからなぁ」
唇をとがらせるさつき。
「……おい、つき合ってくれてもいいじゃないかよ」
「誰がするか!」
「ん、でも……キスも、いろいろ種類があるよな?」
と、思いついたようにさつき。
「たとえば?」
「ディープキスとか、バキュームキスとか、まあ、口を開けてキスをすればいいわけだ」
「うあ、いきなり深いところに来ましたね……」
香津美がたじろぐと。
「ふむ、かつはまだ経験無しと」
「……さつきも、でしょ?」
奈々が、冷静に……短く突っ込む。
「まぁ……どうだろうな」
「じゃあ、ここにいるので実験してみない?」
「え?こいつ?」
三人の視線が、僕に集中する。
「何の実験?」
「キスで、一番……接触面積を多くできるのは誰か……って感じで」
「ふむ、悪くないね?」
「……」
「……ちょっと待って! 僕の意志は? 気持ちは? 純情は??」
「そんなもの、どこに存在するの?」
冷ややかな女性の6つの目の前に、確かにそれは霧散したような気がした。
「って、ここで?教室で?」
「もう、誰もいないよ?」
「あ……」
このクラスは、部活組が多い。とはいえ……
そこまで気を遣わなくてもいいのに。
「何の障害もないよね。じゃあ……わたしから?」
香津美は、僕の肩に手を置いて……
「んっ……」
目を閉じて、顔を近づける。
「ほ、本当にするの?」
「ほら、女の子に恥をかかせない」
さつきが、最後通牒をくれる。
「うっ……ん、ちゅっ……」
そっと、香津美の唇が触れる。
確か……唇を一杯当てて、とか言ってた気がするんだけど。
だけど、僕も、彼女も一杯一杯で。
その暖かさと……柔らかさを感じて。
「……ふぅ」
「おいおい、なんだよ。普通のキスじゃないかよ」
「しょ、しょうがないじゃない! 一応……初めてだし」
「でも、二回は無しな。じゃあ、次あたし」
さつきが後ろから僕を振り向かせて。
「じゃあ、行くぞ? じゅるり」
「え?」
軽く唇を舐めると……顔をぎゅっと合わせてくる。
「うわ、ぷっ……うぐっ……じゅるっ、じゅっちゅっ……」
「ちゅるるるるっ……!!!!」
舌が絡んできて、ぬぶっとねぶられる!
その感触にパニックになりながら……
「(あ……)」
その大胆さと裏腹に、
少し緊張する、さつきの感じが伝わってくる。
「う、わ……」
「じゅるっ……ぷ、はぁ……はぁ、はぁ……」
「はぁ……って、さつき、キス魔かよ!?」
呆れていると。
「あのな。弟とキス慣れしてるだけだよ」
「えーーーーーーっ!? 近親相姦っ!?」
飛び退く香津美。
「あのなぁ……小さい頃に、ふざけてするだろ?
 ……他の異性じゃ、今のが初めてだよ」
「……勝った」
香津美がつぶやくが……
「アホ。接触面積は遙かにあたしの勝ちだろ? 舌も入れたし」
「うわ……そ、それは……ちょと……」
「で、勝負あり? まだ、挑戦するの……奈々?」
さっきから帰宅の準備をしながら、
会話に参加していなかった奈々は、いきなり立ち上がる。
「あれ?怒った?」
「二人とも、浅はかすぎる」
「節操なくキスするなって事?」
少し、すねるように香津美。
「あのね。根本的に間違ってる。
 キスで、接触面積を増やしたいなら、どうすればいい?」
「そりゃ……あたしみたいに、唇を押し当てて、深く吸えば……」
「押し当てるだけじゃ駄目。
 吸ったって無駄。
 唇の最大値は、唇をきちんと開いた時」
彼女は口を開いて、唇をなぞる。
「……」
あまり大きくはない彼女の唇。
その美しい朱色の稜線を、指が上に、下になぞられていく。
だけど、それは輪ゴムがねじれたような、起伏が存在するわけで。
「てかさ、口、そんなに開いたらぴったりくっつかないだろ?」
「だから、」
くるり、と僕に向き直ると、顔に……両側に手を置く。
「お、行くか!?」
「……」
息をのむ二人。顔を掴まれて、微妙な緊張感を味わう僕。
そして、
「こうして」
コキン。
「え?」
視界が、45度傾き、
みんなの、きょとんとした顔が見える。
首に軽い痛みを感じて、
驚きのあまり……ぽかんと口が開く。
「おいおい、首ひねってどうするんだよ?」
「だから、こうして……ちゅ、ぱっ……」
「んっ……!?!? ちゅっ……んくっ……!!」
「!!」
彼女は口を開き、同じように口を開いた僕に、『首を傾げて』唇を合わせる。
彼女の顔と僕の顔は90度の傾きを描き。
彼女の容赦ない腕に引かれて、
鼻と鼻が、頬と頬にめり込むくらいに引き寄せられて。
「ん、んふっ……」
「んぐっ、んーんー!!」
彼女の稜線と、僕の稜線が驚くほど一致して、
口と口が繋がり、口の中の空気が一緒になって……
彼女の吐息が感じられて、その匂いが、僕と一体化して、
舌が、絡むまでもなく……その平たい場所がねっとりと合わさって。
時間が止まったまま。
「……」
唖然とする僕と二人。
それは、歴然と勝負の行方を示していて。
どれくらいそうしていただろう……
彼女はゆっくり唇を離して。
「ぷは……ふぅ……これが、理論上、最大の接触面積」
悠然と、そう言った。


(終わり)
SSindexに戻る
topに戻る

inserted by FC2 system