お嬢様(仮)・1


「(ん~、最近、手抜きになったのかしら?)」
私は、使用人に体を拭かせながら、ふとそれを確認したくなった。

それに気付いたのは、一週間くらい前だっただろうか。
風呂に入り、出ると使用人が拭いてくれる。
それは、物心ついたときからずっと日課で。
彼は、私の体の隅々を、それこそ大事な骨董品のように、
優しく、丁寧に、包み込むように拭いてくれた。
その丁寧な仕事は、心地よくこそあれ、丁寧すぎて退屈に感じる事はなかった。

しかし、ゆえに。
少しでも拭き漏らしがあると、却ってその不快さが際だってしまう。
今まで、そんな事を感じた記憶はないわけで。
彼の仕事の丁寧さは、記憶にある限りずっと保たれていた事が証明されると同時に。
「(だったら、なぜ……今になって?)」
と思わなくもない。

「ねえ、シュテファン?」
「はい、なんでしょうか。お嬢様」
前は、少し足を開けと言ってから、丁寧に拭いていたはずの行程を……
軽く一撫でしただけで、太ももへとさりげなくスキップした事を確認してから、
一呼吸を吐いて、冷静に発言する。
「シュテファン、私の記憶が確かならば……前は、もっと丁寧に拭いていてくれていなかったかしら?」
「……と申しますと」
冷静に返す使用人。
しかし、その一瞬の表情変化を私は見逃さない。
「(やはり……手抜きがバレて、焦ってるかしら)」
そんな彼をつるし上げるべきか、優しく許す振りをして代償を求めようか、
ちょっとそんな意地悪を考えながら。
「昔はあなた、一切拭き残しがないように、それは丁寧に拭いてくれていたと思うけど」
「今も、手抜きはしていませんよ」
軽くため息を吐きながら、彼はそう言う。
「(開き直る気かしら)」
そう思いながら、でも声の抑揚に決して怒りなどを交えないように。
「拭いていない場所、あるでしょう?」
「股間、ですか?」
すると、思った以上にあっさり彼は自分の非を認めた。
「……分かってるじゃない」
「分かってないのは、あなたの方です」
しかし、次の瞬間、彼は訳の分からない事を言う。
「どうして? 股間、きちんと拭いてくれないと……水滴が心地悪いのだけど」
彼は、私の顔をじっと見て。
「ん、どうしたの?」
「そうですね。ちゃんと説明した方がよいのでしょう」
少し真剣な表情になって、彼は続ける。
「あなたも、もう……第二次性徴が出始める頃、と言うのはもう習いましたよね」
ははん、そう言う事だったか。
私は使用人と自分の関係に、その可能性を端から除外している事にようやく気付いた。
それと同時に、失礼な物言いにも。
「そろそろ……じゃないでしょう? もうとっくに発育はしているはずです」
けして胸を張れるわけではないが……いや、むしろ、だからこそはっきり分かるように胸を張る。
肋骨の上に、柔らかい感触が乗るようになったのは、もうだいぶ前のはずだった。
「そうですね、だったら……少し気を遣うのが遅すぎたでしょうか」
その言い方に、またカチンと来る。
なんでそう……上からの物言いをするのか。
使用人のくせに。
「あのね、シュテファン。私が不快だと言って止めていないのだから、今まで通りに出来ないの?」
思わず、声が剣を帯びる。
「いえ、でも……今まで通りにするのはちょっと問題があります」
曖昧な物言いながら、私に釣られたのか、彼も少し眉をつり上げて。
「どういう問題かしら?」
「お嬢様。あなたは……この家の跡取りです。ですから、こういう問題は慎重になっていただかないと」
「それと、体を拭く事の、何処に関係が?」
「あなたは女性で、私は男性です。訳あって私が着替えの世話を任されていますが……」

そう。
彼に着替えを任せているのは、ちょっとした私の都合だった。
まだ、物心つく前だから、もう思い出せないのだけど。
当時いた、少し歳のいった使用人を、私はものすごく怖がったというのだ。
小さい時分できちんと体を拭かなければ風邪を引いてしまうし、
自分で拭く事が出来るほどでもないし、
そこで、一番懐いていた、男の子の使用人を使ったのだ。
物心ついて、自分で着替えが出来るようになった時点で止めればいいのだろう。
しかし、屋敷の人間は着替えを使用人に任せるのが当たり前であったし、
私も、その拭き心地が良くて、止めさせるつもりはまったくなかった。

「いい加減、旦那様から一言あっても良いと思うのですが」
「どうして?」
「ですから」
「あなた以外に、こんなに気持ち良く、ちゃんと拭ける人……いるのかしら?」
まあ、他の使用人に頼んだ事はない。
でも、自分で拭いたって、こんなに心地よくは出来ないわけで、
やはり、彼の経験値を感じさせる仕事ではあるのだ。
「ですから、あまり気持ちいいのは……問題です」
「ん?」
その物言いに、少し違和感を感じる。
「気持ちいいのが問題って……どういうこと?」
「その、申し上げにくいのですが……」
ちょっと困った表情になる使用人。
でも、それが楽しくて……わざと沈黙で彼を促す。
「異性に、性器を撫でさせて、快楽を得るのは」
「ふーん、そういうつもりで言ってたんだ」
「え?」
彼は、顔を真っ赤にする。
いい気味。今まで、私に上から目線で言い放っていた罰ね。
「あのね。私はあなたの体を拭く『心地』が気持ちいいって言ってるの。その別に……」
ちょっと言いにくい言葉。
でも、私は卑猥な意味で使うつもりはないから、堂々と。
「あなたが、私の性器を拭いたとしても、それは……拭き心地が良いと言ってるだけで」
「感じない、って事ですか?」
「ええ。大体、好きでもない人に、ペッティングとかされても」
「それは、まだ……第二次性徴が終わっていないからでは?」
また、カチンと来る言葉。
「まだ、私がレディじゃない……とでも?」
「それは……ぷ。まあ……そうなりますね」
なんなんだろう。
せいぜい、私より5つ程度上なだけで。
でも、冷静に考えたら……
「だったら、拭くのに遠慮する理由なんて無いじゃない。なおさら」
「いや、だから……本当にそうなら、そうですが。でも……感じるようになってからでは遅いですし」
「だから、感じないの」
「でも、念のため」
「ああ、もう! 分からず屋ねっ」
私はそこで、足を開いて……
「わ、だから……そんなはしたない事をしたら……!」
「良いから。だったら、撫でてみて」
「え?」
私は、彼からタオルを奪い、股間を一拭いしてから。
「私のここ、撫でてみて。絶対感じないから。
 それを確認したら……明日から、ちゃんと拭いて?」

予想はしていたけど、彼は本当に困った顔をした。
「あの、ですから……こういう事がないように、って事で」
「大丈夫。今日だけ」
「でも、間違いが……」
「あると思うの? 大体、あなた……私より弱いじゃない」
それは事実だった。
私の通う学校は護身術を教えていて、私はいつも成績はトップだった。
よほど体格に差がない限り、男相手でも一方的に負ける気はしない。
「ですが……」
「だったら、しなかったら……ここで叫んでも良いけど?」
「!」
「着替えの仕事だけじゃなくて……ここでの仕事、全て失うわね、あなた」
彼は、厳しい表情をして、少し悩んだあげく。
「でしたら、今日だけ……少しだけですよ」
彼は、指を伸ばし、
そっと……私の性器に触れた。

その指は、タオル越しではなくても確かに心地よかった。
その指が私の、縦に筋を描く股間を上下する。
「(ふぅん……やっぱり、シュテファンだから、よね?)」
それは、親に褒められて頭を撫でられたときのような心地よさ。
他人にされたら腹立たしいだけだけど、気持ちを許しているが故の心地よさで。
「(ん?)」
なんか、自分の思考に違和感を感じる。
いや、別におかしくはないのか。
彼に気持ちを許している、と言うのは、
物心つくまえからずっと、彼のタオルの洗礼を受け入れている私の、
「んっ、ふぅ……」
そして彼の、共同作業がなしえた成果なのであって。
「……お嬢様、そろそろ止めませんか?」
「どうして?」
「声が漏れてるじゃないですか」
「別に、あなたの指が、タオルくらいには心地良い、と思ってため息が出ただけでしょう?」
「……」
そう。
男の指の割に、繊細に編まれたタオルと同じくらい心地よくて、少し感心しただけ。
そう思っていたのだけど。
ぬち。
「ん?」
彼が指を離し、自分の指を確認する。
「どうしたの、なんで止めるのかしら?」
「だって、濡れてませんか、お嬢様」
「えっ……?」
思わず真っ赤になる。
心地良いとは思ったけど、別にやましい気持ちよさはなかったはずで。
「だ、だから……あなたが、ちゃんと拭かないから、水が残ってるんじゃない!」
「ですが、これは……水というのはあまりに……」
「だから! 私は感じてないの! 続けなさい!」
「ですが……」
「続けて。これは命令。使用人なら、素直に従いなさい」
「……」
彼は渋々、私の股間に指を付けた。
そして。
「(あっ……)」
私は気付いてしまった。
すこし、刺激をあけたせいで。
確かに、私のそこはすでに快楽を感じ始めていて……
だから、濡れ始めていたのだ。
そもそも、撫でられて気持ちいいのも、もしかすると……
「……お嬢様?」
「な、なんでもない! 続けて!」
「……」
彼の指がゆっくり上下する。
それは、すでに、指いっぱいに私のはしたない液体をまとわりつかせて。
ぬち、ぬち……
割れ目の先端にある部分が固くしこり始め、彼の指の、指紋に翻弄され始める。
「んぁっ……ぁっ……」
「……」
開いた足が震えそう。
でも、無理に堪えたりしたら、それこそ感じていると白状するようなもの。
だけど、私は感じてない。
感じてないんだから……っ!!

彼の指は、そんな私をあざ笑うかのように、ゆっくり同じペースで前後する。
その心地よさが悪魔的に思えて不安になる。
そこが生じる、波のような快楽は、ゆっくり押しては引き、
でも、気がつくと体の隅々まで波及している。
「(彼は、私に優しくしてくれてるの? あるいは……意地悪、しているの?)」
割れ目の先端の雛先は、すでにすっかりしこってしまっていて。
彼は、その意味を把握しているのだろうか。
「(ううん、大丈夫。気付いてない、気付いてない)」
たぶん大丈夫。きっと大丈夫。
だって、彼の指の動きは、私の体の変化に気づきもせずに、
ずっと、単調に前後するだけ。
私の変化なんか気付いていないんだ。
私の気持ちの変化だって。
「(ん?)」
それは気付くはずがないだろう。
彼は、彼にとっては自分は、あくまで使えなければならない対象に過ぎないのだから。
だから、彼は私を大切に扱う。
壊さないように。
気持ちに触れないように。
距離を保ったまま。
だから……悔しかった。
彼の、心ない指に翻弄される自分が。
なぜ、その自分に使えているだけの男の指が、こんなに自分を追い詰めてしまうのか。
「(ううん、違う。そうじゃなくて……これは気のせい。私は、感じてなんかいないんだから)」
だから、そう思い込む。
相手が心なく自分をなで続けるなら、
自分だって、そんな事に心は動かされない。
感じない。
いったりしない。
気持ち良くなんかならない。
その時の私は、たとえ無機質な張り型でも自分を追い込める事など知らずに。
いや、もっと大切な事も知らずに。
だから。
「(バレない。バレてない……よね?まだ)」
おそるおそる……彼の顔を見ると。
「!」
彼はじっと私の瞳を見つめて。
「ぁっ……」
その視線が私の瞳の奥を射貫いて。
「(み、見られてる……)」
そして、心の底を覗かれてしまった、そんな確かな感触があって……
私は、すこし思考が止まってしまっていた。

「……お嬢様」
「んっ……」
声を掛けられて、止まっていた時間が流れ始める。
私はいつの間にか彼の腕を掴んでしまっていたが、
でも、足は……微かに震えているだけで、ちゃんと立っていたし。
そして、見つめ合ったまま。
「(私は……いってない、よね?)」
自分の中に生じる不安を振り払うように。
落ち着きを取り戻すように、深呼吸を一つ。
「シュテファン?」
「はい」
もう一つ。
「私は……感じては、いないでしょう?」
断言しながら、それでも彼の唇を見つめてドキドキする。
彼は私の目を見つめ、そして……少し視線をそらせて。
軽く何かをつぶやいてから。
「……はい。普通にしておられます」
「だったら」
少しほっとして。
いや、とてもほっとして。
でも、なぜ、ここでほっとしたのだろう。
「明日からも、ちゃんと……拭いてくれるわよね?」
「……はい」
少し、あきらめを感じさせる落胆した声で。
「でもね、私……汗かいたから」
「……」
そして、彼には軽い罰。
「そこで待っていて。もう一度、お風呂入り直すから」
私はその時、彼がどんな表情をしていたか……まだ知らなかった。

(続く)
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