お嬢様(仮)・3


「失礼します」
脱衣所で服を脱いでいると、女の使用人……ローザが入ってきた。
彼女は今年から入ってきた新人。
とは言え経験は豊富のようで、その美貌と共に、一目置かれていた。
「なに?」
「いえ、今日は風呂を改修するとの事で、早めにお湯を抜く事になるらしいのです」
「それで、一緒に入るって言うの」
「申し訳ありませんが、よろしければ」
少し、嫌な予感がした。
普通、使用人は風呂の時間を一緒にしない。
だから、早い時間にお湯を抜く事になるとしても、
私たちの風呂の時間が早くなるか、もしくは使用人の使う時間が圧縮されるだけ。
それが急に決定されたとしても、
少し違和感のある行動だった。
が、
「……いいわ。一緒に入りましょう」

実は、私も少し興味があった。
彼女は、男の視線を惹きつけてやまない。
訪れる貴族の客ですら、帰る頃には鼻の下を伸ばしているほどなのだ。
「(彼は……どう思っているかしら?)」
同じ使用人、一緒にいる時間も長いだろう。
それとなく聞いた事もあるのだが、いつものらりくらりと躱される。
しかし、それが却って怪しい。
「(その魔性の美貌、とくと拝んでやろうじゃないの!)」

いや、それは……服を脱ぐ前から分かってはいたのだけど。
「……」
「どう致しました、お嬢様?」
「い、いえ……別に……」
軽く体をお湯で流してから、二人で湯船に浸かる。
すると、事もあろうに、
彼女の放漫……もとい豊満なそれは、これ見よがしにお湯に浮かび、たゆたっていた。
「……胸が、気になるのですか?」
「べ、別に……っ!」
「お嬢様。焦らずとも、そのうち綺麗に膨らみますよ」
「そ、そのうちじゃ駄目なの!」
「お嬢様は、すでに意中の殿方がいらっしゃるのですか?」
私は、自覚無く思い描いていた顔に気づき、必死に打ち消す。
「べ、別にそんなんじゃない! 私だって、もう、大人……だから……」
「ふふっ、ごめんなさい。そうですね」
微笑みかけるその仕草が、余裕綽々で腹立たしい。
「あなたは……その……好きな人とかいるの?」
「え? 私……ですか?」
「あなたくらいの美貌なら、それこそ、男なんて選び放題じゃない?」
それこそ、貴族の跡取りさえ、声を掛ければイチコロでしょうに。
「ふふ……そんなに簡単じゃありませんよ。殿方は」
「そう……なの?」
「ええ。本当に思いを寄せてる人には……振り向いて貰えないものです。
 たとえ、距離が近くても」
「!」
私は、それが……シュテファンを指していると分かった。
「(振り向いて貰えないって……)」
その言葉に、一瞬安心する。
だけど、
本当にそうだろうか?
「(あいつ……自分の気持ちは表面に出さないから)」
使用人同士の恋愛沙汰は禁止こそされてないけど、
でも、仕事中にそのそぶりを見せる事は御法度だった。
特に、客に注目されるローザはそうだろう。
だから、相思相愛だけど、互いに気持ちが通っていないだけなのかも知れないのだ。
「……」
自分の心拍数が上がる。
切ない。
風呂から上がり、私がベッドに入っている間に、
この二人の接近が生じない事を、誰が保証してくれるのだろう!?
「お嬢様、大分お顔が赤くなっておられますが……
 そろそろ、お背中を流しましょうか?」
「……う、うん、お願い」
あまり顔を見られたくなくて。
私はおもむろに湯船を立った。

「お嬢様、本当にお肌が綺麗ですね」
「ありがとう」
女使用人は、石けんを泡立て、私の体を洗ってくれる。
それは、敏感になった肌をいたわるように、
確かに丁寧にしてくれているのは分かるのだけど……
「(こんな物かな?)」
あまり感動がない。
いや、と言うより……どうしても想像せずにはいられないのだ。
「(彼が、洗ってくれたら……どうなんだろう?)」
当たり前だけど、彼と一緒に風呂に入った事はない。
小さかった頃も、母と入り、そして使用人に体を拭かせていたのだ。
「あ、足の方をしますから、お立ち下さい?」
「うん」
足を軽く開き、彼女の指が敏感な場所も丁寧に拭っていく。
でも、当たり前だけど心が沸き立つわけでもなく。
心地良いわけでもなく。
だから、それが……
「(これが、彼の指だったら……)」
そう思うと、体の芯が少しきゅっとする。
「(ま、そんな事、無いわよね)」
使用人に着替えを任せても、こうして背中を流させる事は滅多にない。
無論、異性である彼ならなおさらだ。
「……」
「ん、どうしたの、ローザ?」
女使用人は、しばらく私の顔を見つめて。
「あ、いえ。続き、しますね」
丁寧に、足を拭い、足の裏まで綺麗に洗ってくれた。

「では、私は先に上がりますので、ごゆっくりして下さい」
「ええ」
一人湯船に残され、少し肩から力が抜ける。
「はぁ……やっぱり一人の方がくつろぐわね」
そうして、今まで自分が緊張していた事、
そして、そのせいで彼女の感触が心地よくなかった事を理解した。
彼女が優秀なのは分かる。
だけど、やっぱり、こういうのは……
「やっぱり、気心知れた使用人じゃないと駄目ね」
湯船の中で体を伸ばし……
ふと、
私は自分の体の異変に気付いた。
何気なく触れた股間に、
その指に、絡みつくねばっぽい液体。
「……濡れてたんだ」
彼女に体を洗って貰ってるときに、少しシュテファンの事を想像しただけで。
「私、はしたない……」
そして、女使用人が体を洗っていて、突然動きを止めた事を思い出す。
彼女は、そのことに気付いたのだろうか?
彼女は……どう思っただろうか?
「……」
そう思うと居たたまれなくなって。

少しのぼせそうになった頃合いで風呂を出ると、
そこには女使用人がいて、
私は、心底驚いた。
「な、な、なんで……あなたがいるのっ!?」
思わず、股間を隠しながら。
「お嬢様。今日は……私が着替えの世話をするように、と言われているのです」
「ど、どういう事!?」
「シュテファンが、今日は離せない用事がありますので」
「……だったら、自分でする。タオル貸して」
「そういうわけには参りません」
私はイヤだった。
この女に、自分の秘密を見られた気がして。
と言うより、そもそも、
どうしても、この女に気持ちを許す気になれない。
「お嬢様、早くしないと、風邪を引きます」
「それでも……」
「お、お嬢様……」
頬に、暖かな物が流れて。
「絶対いや~~~~~~~~~っ!!」
私は、裸のまま、廊下に飛び出していた。

ドンッ!!
「うおっ!!」
「きゃっ!」
すると、私は何かにぶつかって、
廊下に、裸で、大の字に伸びていた。
「お嬢様……いきなりなんですか」
「え、シュ……シュテファン……!?」
ぶつかったのは、忙しくて手を離せないはずの使用人だった。
「えっと、裸で廊下を走ったら、風邪を引きますよ」
温かな手が、私を抱き起こす。
「うっ、うっ……」
「お嬢様……」
「ローザ、ここは……僕に任せて」
「……ええ」
女使用人は去り、
使用人は脱衣室へ、私を運んでくれた。
「はぁ。それに……年頃の女性が裸で走るなんて、はしたない」
「なによ! なんで、来てくれないのよ!」
「お嬢様……」
私は、思いっきり、使用人の胸板を叩く。
だけど、
私より弱いくせに、
彼の体はびくともしなかった。
それが、なぜか……嬉しくて。
「お嬢様、大人しくして下さい。拭きますよ」
「……うん」

少し水滴は冷え始めていたけど、
彼が拭いてくれると、それが気にならないくらい心地よかった。
手際よく水分を拭ってくれたのもあるけど。
「(あっ……)」
少し体を寄せて、手のひらを使うようにして包み込むように。
彼の体温を感じさせるようにしながら。
「(そっか……)」
単に手際が良いだけではない。
彼は、私の体温を思い計って、
それに適した体の距離を作って拭いてくれていたのだ。
思わず、体を預けるようにして。
きっと……少し服を濡らせてしまっているだろう。
でも、
それに応えるようにか、
彼の手のひらが、乳房を包み込むように。
その手つきにいやらしさはなかったけれど。
でも、私は……自分の鼓動が聞かれないか不安になっていた。
「ねえ、シュテファン?」
「なんですか、お嬢様」
「やっぱり、ローザは、スタイル……良いわよね?」
軽く話題を振って。
シュテファンはため息で返した。
「お嬢様は、ああいったスタイルになりたいのですか?」
「シュテファンは、好き……じゃないの?」
少し好きに意味を含ませて。
「まあ、彼女は魅力的なスタイルですね」
冷静に答える彼に、でも少し落胆を感じる。
「でも、お嬢様もお綺麗ですし、これから……」
「なによ、また子供扱い?」
彼は少し笑って。
「それを言ったら、彼女は私より年上ですし、
 経験も長いですから……私も子供扱いですよ」
「でも、3つも違わないじゃない」
「そうですけど」
私から見ると、あまり年の差を感じさせないけれど、
それでも、彼からすれば、私と同じくらいの隔たりを感じるのだろうか。
でも、私と彼を並べてもあまり似合わないだろうけど。
彼女と彼を並べると、憎らしいくらいお似合いにも思えた。

「何を膨れてるのですか?」
お腹の辺りを拭きながら、そう聞いてくる。
「私と、シュテファンが並んでても、似合わないでしょ?」
クスリと笑いながら。
「使用人と、お嬢様が似合ってもしょうがないでしょう」
「それはそうだけど」
段々、タオルが下に進みながら。
「でも、並んで歩いているのに、それじゃあイヤなの」
「ええ、私にもう少し貫禄があれば、
 お嬢様もSPを連れて歩く要人の様に箔が付きますよね」
「そうじゃなくて!」
この男はからかっているのだろうか。
「あなたは、私の使用人なんだからね」
「もちろん、そうですよ」
「私以外の女と、颯爽と歩いていたりしたら許さないんだから」
「もとより、そのつもりですよ、私は」
「!」
少し、体を電撃が駆け抜ける。
この男は、きっと……そんな意図は少しもなく話しているのだろうけど。
「どうしましたか? お嬢様」
「続けて」
「はい」
きっと、シュテファンは凄く繊細な心遣いで、私との距離を保ってくれている。
そして、それをずっと続けてくれる、とも言った。
だけど、私は……
この心地良い関係が、そう長くは続かない事を、何となく感じ取っていた。

(続く)
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