甘い檻


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「あれ?」
ふと、柔らかい匂いに目を覚ます。
いや……まだ夢の中なのかもしれない。
体を覆う布団は、いつもより柔らかく、
窓から射す朝日は、どことなくピンク色を帯びていた。
というか、違和感のある室内……
確かに見覚えはあるのだが、自分の部屋ではない。
「えっと……どこだっけ……?」
夢うつつのせいか、頭が回らない。
天井、壁……それらは、確かに自分の記憶にある物だった。
「ま、いっか。目が覚めれば、思い出すかもしれないし、それに……」
目覚ましが鳴って、現実に引き戻されれば、いつもの……
汗くさい自分の布団の中で目覚める日常が始まるはずだった。

ジリリリリリリ……
枕元の目覚ましが鳴る。
くまの形をしたかわいい時計。
夢の中でも……目覚ましが鳴れば音が聞こえると聞いたことがある。
この音を止める頃には……きっとこの夢も終わるのだろう。
体を少し起こして、くまの頭をそっと押さえる。
すると、目覚ましは沈黙して、部屋の中を静寂が包んだ。
薄桃色の壁紙。
吊げられたセーラー服。
ちゅんちゅんとすずめ鳴く声。
「……あれ?」
目を覚ましたはずなのに……夢は終わらない。
そして、思わず発した声。
その声は……いつもの自分の声より幾分高い声だった。

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「まさみー、まだ起きてないのー?」
目覚ましが鳴ってから10分。
僕は、今の状況を受け入れられずに茫然自失だったけど、
ドアの外からの声に、現実に引き戻された。
きっと母親の声。それは……僕の母親の声ではなかったけれども。
「あれ?」
でも、ここにヒントが与えられた。
今の僕は……「まさみ」なのか?

まさみって言えば……
友人に「中島正己」てやつがいる。
名前が女っぽくてからかわれてるけど、その実喧嘩っ早い、危険なやつだ。
それから幼なじみの「和久井雅美」
毎朝一緒に通っている……もう何年になるだろうか。
女性陣なら……担任の先生も「正美」だったっけ。山中正美先生。
先生の中では一番の美貌を誇り、玉砕した学生も多数。
その中には女学生もいたような……
あと、クラスの「小堂昌美」とか。
めがねの学級委員で、口うるさいのがちょっとうざい。

……実はもう答えが分かっている気がするんだけど、
パニクってるせいか、受け入れたくない答えだからか……
僕はあえて悩み続けた。
「まさみー、起きなさい!」
ドアが開け放たれ、僕も知っている人物が顔を出す。
「あ、おばさん」
自分の娘に「おばさん」呼ばわりされたその人物は……そのまま卒倒した。

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「ふぅ……危なかった」
母親らしき人物が卒倒した時点で、僕は行動の選択を迫られた。
その人物をたたき起こすのか?
目を覚まされる前に家を飛び出すか?
あるいは……現実に戻る事を祈って二度寝を敢行するべきか?
でも、悩む時間は余り与えられていなかった。
僕は、速攻で着替えて外に飛び出す選択をした。
一目散に寝間着を脱ぎ、制服に着替える。
制服が女物だったが、贅沢は言っていられない。
そのまま、顔も洗わずに外に飛び出したのだ。

「さて、と……」
僕はもうしばらくこの悪夢につきあう覚悟を決めて、
とりあえず学校に向かうことにした。
どうやら僕は今、女学生らしい。
だったら……身だしなみを整えなければならないだろう。
幸い今はまだ早朝、7時を回っていない時間帯だ。
このまま学校に行けば……朝練の人間以外には会うこともない。
それと、今の自分の「顔」を確認したかった。
今、自分が誰なのか。
それはもうだいたい見当が付いている。
見覚えのある部屋。
「まさみ」と言う名前。
僕も顔を知ってたこの人物の母親。
そして、下を見ると目に入る胸。
たぶん、普段別の角度から見慣れている、軽く肩を引く柔らかなふくらみ……
そこまで事実を突きつけられたとしても、
自分の顔を見るまでは、その答えを受け入れられそうになかった。

忍び足で校門をくぐると、周囲にはまばらに部活に励む学生が確認できた。
少し早足に、他人の目を避けるように自分の教室を目指す。
本当に「自分の教室」でいいのだろうか?
と少し不安になるが、それは問題ないはずだ。
教室に入ると、ふと緊張が解け、
ついいつもの習慣で「自分の机」に鞄を置く。
はっ、と自分の失態に身を固くするが、周囲には誰もいない。
席を変えようかと悩むけど、
まだ、自分には心の準備が出来ていなかった。
「顔を確認してからでいいよね?」
僕は……トイレに向かった。

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悩む。
自分はどっちのトイレにはいるべきか?
いつもの習慣が、自然に足を男子トイレへと誘う。
しかし今、スカートをはいている自分が男子トイレに入ったら、
ただの変質者だ。
自然なそぶりで女子トイレに向かうべきだろう。
でもっ、それはっ……!!
自分の……本能が拒絶している。
たとえそれが、他人から見て正常な行いであったとしても……
僕が、僕の中の僕が見ている。
訴えている、それは……人として恥ずべき行為だとっ!
いや、もしこのまま夢が覚めないなら、
そのうち否が応でも女子トイレに行くことになるはずだけど、
まだ、それを受け入れられない自分がいた。
……さんざん悩んで、
僕は、職員用のトイレを拝借することで妥協することにした。

「ふぅ……やっぱり……」
鏡に映ったその顔は、いつもに比べてちょっと冴えなかったけれど、
確かに自分の知っている、幼なじみの「和久井雅美」、その人だった。
「今、まさみ、なんだ……」
わざと声を発して、鏡に向かって語りかける。
それは……まさに普段雅美に語りかけられる様子そのまま。
強いて違いを挙げれば、
雅美の声は自分の中から発せられて、少し違って聞こえたこと。
鏡に映っている違和感。
それと、いつもの強気の言動と違って、不安げだったこと。
今の自分は……雅美自身なのだ、という事実を噛みしめながら、
しばらく鏡の前で固まっていた。

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カツ、カツ……
「えっ……!?」
ふと我に返ると、廊下の方から足音が聞こえてきた。
「もしかして、先生?」
距離からして、もう学生用のトイレは過ぎている。
要するに、一直線にここに向かっているのだろう。
「ま、まず……っ!!」
慌てて個室に入り、音を立てないようにドアを閉めた。

「ふぅ……危なかった……」
足音はそのままここに侵入、隣の個室に入った。
出るなら今のうちかもしれないが、
心臓がドキドキして落ち着かない。
「お隣さんが出るの、待ってからにしよう」
入った個室の洋式便座を降ろし、腰掛ける。
ふと緊張を解くと、感じる……腰の辺りの圧迫。
「あ、あれ?」
いつもと感覚は違えど、何となく予想が付いた。
「おしっこ……したくなっちゃった?」
まだ、感覚的にはかすかだけど、
いつまで我慢できるかあまり自信がない。
「いや、待て。いくら何でも……」
ふと湧く、女の子の下半身への好奇心。
それに心の奥の正義感が過剰反応する。
単に下半身を見たいだけじゃないのか、と。
確かに、そんなせっぱ詰まった感じではない。
一時限の授業までは持つかもしれない。
しかし、それはそれで……
「授業が終わってからって、
 他の女学生と一緒に、女子トイレに行けってことか!?」
気持ちの整理が付かずに、逃げるように職員トイレに入ったというのに、
今しなければ……結局女子トイレに入り直さなければならくなるのだ。
しかも、休み時間じゃ混むだろうし。
それは、ちょっと冷や汗のにじむ想像だった。
いつかは、そうしなければならないとしても……
「……しよう、どっちにしろ練習した方がいいし、今のうちに……」
覚悟を決めて、
良心にせめて言い訳するために、目を閉じると……
「雅美、ごめんッ……!!」
パンティに手をかけてぐっと降ろした。

つづく
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