甘い檻


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ばたん。
脱衣所を締め切ると、密室ができあがる。
左手には大きな鏡。
右手にはかご。持ってきた着替えを入れた。
正面には……湯煙。
そして、僕一人ではいるのだけど……こう、なんて言うんだろう……
混浴に挑もうかというような高揚感。
当然だ。中身は男でも……体は女なのだ。
ゆりねに指摘されたように、女子の体には興味がある。
でも……今朝はそれどころじゃなかったから、まだちゃんと見てなかったわけだけど。
こうしてゆとりが出来ても……
やっぱり、こっそり見るのはいやだった。
雅美とは喧嘩をしたこともあるけど、隠し事だけはした事のない仲だった。
だから、こっそり裸を見たり……その……変な場所を見たりはしたくなかったのだけど……
「無理……だよね?」
服を脱ぎ、ちらと横を見ると、下着姿の雅美が大写しになっていた。
胸がばくばくする。
でも……高鳴っているのは雅美自身の心臓なのだ。
ちょっと変な気分。
股間に血が集中するような……
でも、いつもお世話になっている……「アレ」は付いていない。
血は行き場を失って、暴走しているような感じだった。
「ごめん、雅美。見ちゃうかも……ちょっと」
目をつぶろうかとも思ったが、
どのみち入るときも、洗うときも目を開けなければならないのだ。
僕は、心の中で合掌して、パンティをおろした。
「……」
何も、鏡に向かって脱ぐ必要はなかったのに。
でも、顔を上げて、しばらく放心していた。
ずいぶん昔には……一緒に風呂に入った記憶もあるけど、
鏡に映った幼なじみの姿は、それとはだいぶ違っていた。
股間には、茂みが申し訳なさそうに生えている。
「そ、そりゃ……そうだよね……」
思わず指を伸ばしそうになり……思いとどまる。
落ち着け、落ち着け……
確かに、洗うときには触らなきゃいけないのかもしれないけど、
でも、今はだめだ。
触ったりしたら……何しでかすか分からない。
「……っ、すー、はー……」
目を閉じて、天井を仰いで深呼吸をする。
少し落ち着きを取り戻すと……
ブラをはずして、そのまま一目散に風呂場に突入した。

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「さて、と」
椅子に座って一息つく。
正面には鏡があったが、幸か不幸か、水滴のせいで細かいディテールは見えなかった。
しかし、鏡に水を流せばきっとはっきり、雅美の全てが見えてしまう。
「落ち着いて……まず、どこから洗おう?」
まずは、頭を洗い流してからだろうか?
体の洗い方には、またいろいろ悩みが出てきそうなので、
手っ取り早くシャンプーに手を伸ばすことにした。
何となく慣れた、シャンプーのにおい。
普段、雅美から感じる柑橘系の香り。
「ふぅん……」
手に取りながら改めて確かめて、それを髪になじませる。
髪の長い女の子は、洗髪だけでものすごい苦労をすると聞いたことがあるけど、
その点、雅美はショートなので悩む必要がなかった。
もし、小倉さんのように髪が長かったら……
「別に、ここは感謝する場所じゃないか」
正直に言えば、やっぱり男としてふわっとした長い髪にあこがれるのだけど。
でも、雅美のイメージに合っていないし、
今、自分が髪を洗うに際して、やっぱり楽なことを素直に感謝することにした。

シャンプーとリンスが終わって、いよいよ体に入る。
……と言うといやらしい感じだけど、
でも雅美に「体を洗わないきちゃない子」の称号を与えるわけにはいかない。
とはいえ……
「はっ、見ちゃだめだっ!!」
ついどこから洗おうか……と悩むと注視してしまう。
気を取り直して、なるべく悩まないように……いつも通り洗うことにした。
いつも通り……と考えると、結構細かい順序は覚えていない気がするけど、
僕はだいたい上から下に洗っている、気がする。
スポンジに石けんを泡立てて、首筋から。
ついいつものようにごしごし……としそうになって慌てて止める。
「……女の子の肌だもんな。丁寧にしなきゃ……」
特別気をつけなきゃいけないのかどうか知らないけど、
気にし出すと、だんだん手がこわばってくるのが分かる。
そっと、そっと……
丁寧に肌にスポンジを押し当てると、ぷにっとした感触が手に伝わる。
何となく、いい感じの肌の感触。
ちょっとそれを楽しみながら、腕をきゅっきゅっとこすっていく。
「あー、二の腕が気持ちいいな……」
昔はよくプロレスごっことかして、腕を絡めたりすることはあったけど……
改めて、こうして腕を触って……
その気持ち良さに感心してしまう。
そして、
ぷにん。
「……これ、どうやって洗うの?」
眼下に広がる二つの峰。
あまり強くしては痛そうだし……かといって、手加減すると
ぷにん。ぷにん。
逃げるように、手からこぼれるように弾む乳房。
「……えっと。挟むように、してかな?」
右手と左手で挟んで……
ぷにん。
すると上にこぼれる。
「うおお……ど、どうすればっ!!」
気が付くと、僕は必死に自分の胸と格闘していた。
赤く……上気した、僕の、もとい雅美の二つの乳房。
……赤く上気した?
「あ、こすりすぎか。あちゃぁ……」
それがようやくこすった痕だと気が付いて、
いいかげん、次に進むことにした。

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「あとは……うーん……」
胸の後は、背中、腹と降りて、そのまま足へと進んでいく。
すると当然、一カ所残した部分が発生する。
忘れた訳じゃない。
やっぱり……どうしてもここだけは気後れする。
「どうしよう? 丁寧に洗わないとだめかなぁ?」
男の物みたいに出っ張っている訳じゃないけど、
たぶんそれなりに複雑な形をしているので……
洗わないと、汚れが溜まってしまいそうな気がするし。
乱暴に擦るわけにもいかないし。
でも、見ながら丁寧に擦るのもちょっと……
変な気分になったらまずいし。
しばらく考えて、目を閉じて、感覚を頼りに擦ることにした。
「……感じちゃわないかな?」
とちょっとばかげたことを考えるけど。
でも見ながらするよりは……たぶん大丈夫。
スポンジを多めに泡立てて……
「いざ……っ!!」
目を閉じると、股間にそっとスポンジを当てる。
なんか……オナニーしてる感じだなぁ……
不意に今の自分の状態を想像してしまう。
股間に、手を伸ばして……擦っている雅美……
「わっ、バカ……何考えてるんだ!」
あわてて首を振って想像をかき消す。
いつもの雅美のイメージとあまりにかけ離れた、自分の今の状況が
却ってよけいにエッチな想像になってしまう。
目を閉じるとどうしても想像力がたくましくなるので、
仕方なく、目の前にぼんやり映った……
曇ったガラスの向こうの自分を見つめながら、作業を続ける。
「んっ……あまり痛くないかな? もう少し……」
傷つけないように注意しながら、軽く数回擦るようにする。
本当はまだ足りないのかもしれないけど……
「ごめん、雅美。誰かに見られる訳じゃないから、いいよね?」
心の中でわびながら、ひとまず終わりにして体を流した。

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ざぱー。
「ふぅ……」
どきどきした。興奮した。
でも、なんとか……自分を見失わないで済んだ。
体を洗うときは……触ってしまうから、どうなることかと思ったけど。
だけど、どっちかというと……綺麗にしなくちゃとか、傷つけないようにとか……
緊張する方でいっぱいいっぱいだった。
それに、自分の体が男ではないから、性欲が湧かないのだろうか?
なんか違和感が先に立ってしまって、我を忘れるほど興奮できなかった気がする。
とはいえ、
「雅美も、いっぱしの女になってるんだ……」
と改めて思い知らされた。
雅美の胸がふくらみ始めた頃から、
周囲には夫婦漫才って冷やかされるようになったし、
それまで意識せずにしてたプロレスごっこはさすがに自粛するようにもなった。
それが、雅美本人は不満みたいで、いまだに僕には手や足を上げるけど……
だけど、僕だって別に……雅美を意識し始めていたわけではなくて。
周囲の目さえなければ、今まで通りの、気楽な親友のままだったはずなのだ。
だから、どうも周囲には気兼ねなく触ったりしてると思われたらしく、
よく友人から羨ましがられたりもしたけど、
実は、どさくさで揉んでみよう!……と思った事はなかった。
「だけど、なぁ……」
今は男の性欲を、自分の体に置き去りにしているからいいけど、
もし戻ったとき、
僕は雅美を今まで通りに見られるだろうか……?
もし、今までの関係が壊れてしまったら……
そう思うと、ちょっと寂しくなった。

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「長かったわね、雅美」
「え、あ……うん……」
女の子は風呂は長いと聞くけど……
でもさすがにちょっと長すぎたような気がする。
体のパーツ一つ洗う毎に、心の準備をしていれば、そりゃかかりすぎだろう。
「最近、ときどき長いけど。あんまり長く湯船につかってるとのぼせるわよ?」
「アハハ……そうだよね」
まぁ、慣れればそんなにかからなくなるだろう。
……慣れれば?
ふと考えたことにぞっとする。
この体に、慣れるほど長く入っているのだろうか……?
「今日も、お父さん遅いみたいだから、先に食べましょう」
「えっ? う、うん……」
食卓におばさんと二人っきり。
でも、まだ慣れない僕には都合が良かったかもしれない。

たしか雅美のおじさんは、日曜以外は夜が遅くて……
滅多に会わないんだっけ。
だから、僕も……数えるほどしかあったことはないんだけど。
でも、このまま行くと日曜には顔を合わせる事になるのかな?
そしたら……さすがにばれてしまうんじゃ?
「ねえ、何ぼぉっとしてるの? 早く食べましょう?」
「うん、いただきます」
「はい、どうぞ。召し上がれ」
とはいえ、目下の……おばさんに対してだって油断はできない。
「ねえ、雅美……今日、何かあったの?」
「え、なんで? かぁさん」
「朝から変だったっていうのもあるけど……なんか、どことなくよそよそしくない?」
「えー、そっかなぁ?」
いや、ご指摘の通り……
いくら、雅美の口ぶりを真似ているとは言っても……
さすがにご飯の話題までは真似できない。
ここは……奥の手を使うか。
「うん、今日ね……蒼太が倒れたらしくて」
「え、蒼太ちゃんが?」
さすがにびっくりして……僕の顔をのぞき込む。
「どうしたの、お風邪とか?」
「ううん、それが分からなくて……明日、入院して検査するんだって」
「そんな……大事なの?」
「うん、私も見て来たけど……全然目を覚まさなくて」
自分の体のことながら……
改めてこうして口にすると……事態の重さがしみこんできて……
自然と口が重くなっていく。
「大変じゃない! あとで電話しなくちゃ……
 それにしても、連絡よこさないなんて……水くさいわね」
「それどころじゃなかったんじゃない?」
「まあ、そうだけど……」
おばさんはうつむいていたけど……不意に顔を上げて。
「で、雅美も気が気じゃない、と」
「え、わ……わたし?」
「心配でしょ? 彼が……急に倒れたりしたら」
「え、えっと……」
しまった。急に……そんなネタ振るかなぁ? おばさん……
いや、しかし……
ここは、雅美のやつも、きっと……僕と同じ応対をしていることを信じて。
「そ、そりゃ……学校じゃいつも話してるし。急に休みだから寂しいというか……」
「そうじゃなくて、好きな人、だからじゃない?」
「かぁさん! 冷やかさないでよ」
「ふふ、ごめん。でも……まあ、ねえ……」
ちょっと含みを持って笑うおばさん。
あああ……疑ってるな、完全に。
雅美のやつ……いつもどういうツッコミされてるんだ?
というか……まさか、否定していない、訳じゃないよね?
「まあ、蒼太ちゃんなら……
 言い寄ってくる女の子の一人二人いるんじゃない?」
「そ、それは……」
言い寄りたい女の子はいますが。
「うかうかしてると、幼なじみだからって取られちゃうわよ?」
「もう、そんなんじゃないってば。ごちそうさま!」
ちょっと早めに切り上げて、逃げるように部屋に引き返した。

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「長かった……」
逃げるように雅美の部屋に戻ると、僕は思わずベッドにうつぶせに沈み込んだ。
鼻腔に雅美の匂いが広がる。
それが、なぜか僕の気持ちをほっとさせた。
気を緩めた瞬間に……襲いかかる睡魔。
「ああ、もう、寝よう……」
確か、今日は宿題が出てたはずだけど、
でも、もうそんなことはどうでもよかった。
「やっぱり……
 明日の朝になれば元通り、じゃないよなぁ……」
まだ未練がましくそんなことを考える。
だけどそれより、
まぶたが降りる前に僕の心を支配していたのは、なぜか
「また、雅美にドツかれたいなぁ……」
そんな考えだった。

(1日目終了、2日目につづく)
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