甘い檻


2の15

「それじゃ、私……こっちだから」
「うん。今日は……ほんと、ごめんね」
「いいって。また、明日」
手を振ってゆりねと別れる。
そして……
僕はそれまで心の片隅に止めておきながら、考えていなかったあのことを思い出す。
「(魔法陣……)」
ノートに描かれた模様。
あれには見覚えがあった。
もうだいぶ昔だから……ちょっと記憶が定かではない。
でも、僕も知っている物だった……気がする。

「ただいま」
おばさんとの会話もそこそこに部屋に戻る。
鞄を開けて、漢文のノートを開く。
その真ん中あたり――今日、課題をやらされたせいで、そうなったんだけど――
そこには雪の結晶のような六角形状の対称な模様が描かれ……
中心に雅美と僕の名前が赤い文字で書いてある。
「血……」
一瞬赤いペンで殴り書きしたものかとも思ったけど……
指でなぞると、感じる手触りはおそらく普通のインクではないものだった。
すこし黒ずんだ……お世辞にも鮮やかといえない朱の色。
かすれた線は、おそらく指を切ってこすりつけるようにして書かれた物だろう。
「これって……たしか……」

2の16

そのころ、僕のクラスではオカルト物がブームだった。
怪談とかも流行っていたけど、
やがてこっくりさんみたいな占い物、そして呪術にと話題が変わっていった。
「なあ、雅美……しってる?」
「なに?」
そして、僕は……友達から『魂が入れ替わるおまじない』という物を聞いたのだ。
「この模様に、二人の名前を書くと魂が入れ替わるんだって」
「ほんとに? ……嘘でしょ?」
しかし、そのまじないには一つだけ条件があった。
「とりあえず『しょじょのち』で名前を書けば入れ替わるらしいんだけど……」
「……」
雅美がその時絶句していたことを、僕は気にもとめていなかった。
「とりあえず、『血』なら何とかなるよな?」
「え?」
僕は用意していた針の先で、自分の指を突く。
「てっ……」
「え? や、やめようよ、蒼太。そんな痛そうなの……」
僕が血を出したのに少しびびったのか、雅美が急に止めようとする。
「なんだよ、怖いのか?」
「そ、それは……」
「大丈夫だって。僕たちが入れ替わるなら……心配ないだろ?」
「……」
雅美の制止を振り切って、僕は血で自分の名前と雅美の名前を書く。
だけど……
「……あれ?」
「なにも……起きないね……」
「な、なんだよ……健太のやつっ! 嘘っぱちじゃないか!」
「……」
雅美はずっと下を向いていた。

2の17

「そっか……雅美、『処女の血』って何か知ってたんだな……」
今考えれば、雅美の不可解な反応の理由が分かる。
「僕って馬鹿だなー、なんだよ。男の血じゃ出来ないじゃん……」
自分が滑稽に思えるのと同時に、
さりげなくそのことが一つの重要な事実を告げていることに気づいた。
「雅美って……『処女』、なんだ……」
まあ、今までずっと一緒にいて男を作った形跡は見えなかったけど、
でも知らないところで、付き合っている男がいても不思議はなかった。
だから、改めてそう知らされると……
「……って、どこ見てるんだよ」
やっぱり意識してしまう。

雅美は、その呪術に足りなかった物が『処女の血』だと覚えていて、
自分の血で実行した。
そして呪術は本物で、僕と雅美は入れ替わってしまった。
いや、正確には……僕が雅美の体に引き寄せられただけなのかな?
「でも、じゃあ……どうやって戻すんだ?」
呪術のあらましは何となく思い出せた。
しかし、それを解く方法は……
「くそっ、伝え聞きだったしなぁ……そんな話聞いたかなぁ?」
その話をしてくれた健太はもう転校していない。
だから……たぶん、手がかりは何もなかった。
思い出せたことはただ一つ。
『魔法陣は、強引に破壊するとその効力を永久に消せなくなる』
と言うことだけだった。
魔法陣は契約、だから解消するには正しい手続きを取らないと二度と解除できない。
「消しゴムで強引に……って訳にはいかないよな」
どのみち名前は血で書かれているのだ。
たぶん……消すことは出来ないだろう……

2の18

食事をそこそこに済ませ……僕はベッドに寝そべった。
「明日は……大丈夫だよな?」
宿題が無いことを確認してから、ゆっくり……さっきの事を考えた。

「しかし……なんで雅美のやつ、こんな事を……」
そう。
不可解なのは雅美の行動だった。
何で今更……こんな事をしたのだろう?
僕でさえすっかり忘れていた呪術を……
もしかして、思い出して興味が湧いたとか?
それとも……

昔、僕が雅美に持ちかけた時は単純に興味本位だった。
たしかに、微妙に異性に興味が湧く時期ではあったんだけど……
でも、あのころは――いや、未だに?――そういう目で雅美を見てなかったし、
だから、気軽に相談できるあいつに話を振ったんだった。
しかし、雅美の場合は……そんな単純な動機ではない気がする。
ほんと、今更なのだ。
当時の僕が『処女』の意味をわかっていなかったからって……
そんなことはもうとっくに知ってしまっているし、
それを、こっそり……相談もせずにすること自体おかしい。
そう、あいつと僕は……隠し事をするような仲じゃないのだ。
するなら、ひとこと言ってくれれば……

「いえない理由が……あった?」
それでも、僕にすら言えない理由があったのだろうか?
それとも、相談する猶予もない、差し迫った理由があったのだろうか?
「……あるわけ無いよな、そんなの」
ひょっとして、脅かすつもりで……不意打ちでやったのか?
「いやいや、脅かすにしても……こんなうさんくさいネタで脅かさなくても」
やはり、言いにくい理由があった、と考えるのが自然な気がする。
僕に言えないことで……あいつが悩んでた?
なにを?

「……分かる訳無いか、そんなこと」
あいつとは気の置けない仲だと言ったって、
隠し事はしていないつもりでも……
改めて考えてみると、分からないことが多かった。
なにせ、あいつが男に興味があるのか、とか誰が好きなのかとか、
そんなことも全然分からないのだ。

「しまったなぁ……僕があんな事教えなきゃよかったのか……」
言ってしまえば、自分が雅美にそんな話を教えなければこんな事は起こらない訳で。
八方塞がりだった僕は自然と自分を責め始めていた。
「くそっ……調子に乗ってあんな事しなければ……」
でも考えてみれば、今回の事件が起こらなければ……
ゆりねと知り合いになることもなかったかも知れない。
だから、仕方ないことなのかも……
「いや、やっぱりだめだ。くそ~!」

僕は結局、魔法陣をどうしたらいいか何も考えつかずに、
後悔の念に苛まされたまま……
眠りの淵に引きずり込まれていった。

(2日目終了、3日目につづく)
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