甘い檻


3の1

結局、何も思いつかなかった僕は、
魔法陣のことをゆりねに相談することにしたんだけど……
「やっぱ、そうなんだ」
決心を固めて彼女に相談した僕は……
あまりにあっさりした反応に拍子抜けしてしまった。
「え、えっと……」
「あれ? もっと驚くと思った?」
僕の心中を察したようで、ゆりねはそう微笑む。
「昔、あったんだよ。私の周りでも、そんな話」
オカルトがブームだったのは僕の小学校だけではなかったらしい。
まあ、あの頃は……
社会現象にもなってた様な気がするし、当たり前かも知れない。
「そっか……そうだよね」
「うん、だってやって……なっちゃった子、いたもん」
でも、彼女の体験は……僕らのブーム以上だったようだ。
「友達がやって……昏睡状態。
 あのときは女の子同士だったけどね」
思い出しながら、ぽつぽつ、と話してくれる。
「数日間昏睡状態が続いてね、
 教室では風邪をこじらせて入院って言ってたけど……」
「へ、へぇ……」
「行動が怪しい子がクラスにいて。その子も仮病で休み始めて……」
そんなことがあったのか……
雅美も、ゆりねに相談してくれてればよかったのに。
「大変なことになってたんだね」
「うん、先生も見舞いに行って……
 でも、それから詳しく話そうとしないし。いろいろあったみたい」
「そっか。僕の時は未遂で終わってよかったよ」
でも、逆に考えると、そのせいで今こんなことになっているのか。

「僕の……とき?」
ゆりねのツッコミに、
僕はふと、自分を『ボク』と言っていることに気付く。
「あ。当時さ、ぼ……私もやってみたんだけど、あれって『処女の血』でしょ?
 当然魔法陣が効力無くってさ……」
しかし……当たり前だけど、
ゆりねが気にしていたのはそんなことではなかった。
「それって、やっぱり雅美とするつもりだったの?」
「うん。なんで?」
「だって、こういうのって……好きな人とするのがありがちじゃない?」
「いや、そんなんじゃないって。
 そのときは単純に好奇心だったし……」
今も昔も、僕と雅美は友達なのであって、
そのときだって全然そんなことは考えていなかった。
それは、きっと雅美も同じはずだった。
「そうなの? 本当に?」
でも、ゆりねにはそういう感覚がわからないのかもしれない。
確かに、当時は誰と誰が付き合ってるとか、そんな話題が持ち上がる時期だったし。
雅美とよく『夫婦だ』と冷やかされた記憶もあるにはあった。
「本当だって。雅美とは……そういうの無かったから」
「ふぅん……」
僕は話題を変えたくて……
ゆりねの話の続きを聞いてみる。
「で、どうなったの? その時は」
「……うん。しばらくして、戻ったみたい。
 二人ともいつの間にか復帰してたし」
「どうやって?」
そう。
肝心の問題は、どうやって魔法陣の効力を無効にしたのか……?
「うーん……」
しかし、ゆりねは少し僕の……雅美の表情を確認するようにのぞき込んでから、
「わたしも噂で聞いただけだし。覚えてないんだ」
と答えた。
この時、僕はよほど落ち込んだ表情をしたのだろうか?
「……ごめん。
 ちゃんと……覚えていれば、よかったね」
少し悲痛な表情でゆりねは慰めてくれる。
「いいよ。だいたい……女の子二人でしょ?
 同じ方法で出来るかどうかも分からないし」
「そう、だね……」

それから二人でしばらく考えたけど、あまりそれらしい考えは浮かばなかった。
「なんか、練習の邪魔になっちゃったね」
「ううん、やな……雅美が悩んでるんだもん。相談ならいくらだってのるよ」
あまり演奏しないまま、ゆりねは譜面台とチューバを片づけにはいる。
「ありがとう。今……頼れるのゆりねしかいないし」
「うん、遠慮無く言ってね」
少しゆりねの表情が明るくなり……
それを見ていると、僕も胸が熱くなる……気がした。

3の2

数学の授業は、まず当てられる心配はないので、
ゆっくり今までのことを整理することにする。
「とりあえず、手がかりは無くなっちゃったからな……」
僕も、ゆりねも魔法陣を解く方法は覚えていない。
知ってる人を探す手がかりもない。
そうなると……何から考えればいいんだろう?
「やっぱり、動機かなぁ?」
あまり意味がない気もするけど……
でも、他にとっかかりがない以上、
どうしても、考えがそこに行き着いてしまう。
僕が覚えている限り、雅美の行動には全くおかしな所はなかった。
それとも、そう見えるだけで、本当は何か深い悩みがあったのだろうか?
「深い……悩み?」
なんだろう?
別に部活をしてる訳でもないし、
勉強の……成績でくよくよするようなヤツじゃないし。
好きな男が出来た……とか?
「いや、それは無……」
……い、と言いきれないのは、ここ数日で知ったこと。
でも、本当にそんな気配はないんだけど。
あるいは、友人関係……?
雅美の交友関係は詳しくは分からなかったけど……
すぐ思いつくのは、当然ゆりねだった。

「あ、ゆりねって言えば……」
そう。
あれは入れ替わる前の、2~3日前だっただろうか?
僕は、ゆりねと雅美が親しいのを知って、
一緒に帰るときに誘ってくれと頼んでいたのだ。
雅美は微妙に嫌そうだったけど……
ちょっと強引にお願いしたら、渋々引き受けてくれた。
……んだけど、結局その話はお流れになってしまった。
「ごめん、ゆりね……今日急用出来たって」
「そっか。じゃあ……二人で帰るか」
「うん。ちょっと買い物付き合って欲しいんだけど、いい?」
そしていつも通り、雅美の買い物に付きあって……

「あれ?
 ゆりねに約束反故にされて……喧嘩してる?」
雅美がゆりねに怒って諍いになったとか……
まさかね。
僕と入れ替わった直後も……
ゆりねは入れ替わったことは知らずに、普通に接してきたし。
でも、ちょっと引っかかった。
その時の雅美は……少し不機嫌というか、
ふさぎ込んだ感じだったのを覚えている。
約束をドタキャンされたのがそんなに嫌だったのだろうか?
僕が頼み込んでした約束を守れなくて済まなく思ってた?
「それはないか。そんなんでくよくよ悩まないだろうしなぁ……」
自分で約束を破ったならともかく、相手の都合なら仕方がない。
それに、別に……二度と機会がない訳でもないんだし。

3の3

僕は気持ちを切り替えて……もう一つのことを考える。
「あいつも、好きなやつがいるのか……」
どうしてもピンとこないんだけど、
でも、この年頃の……女の子の悩みって言えば、やっぱりコレだろうし。
そう考えるのが自然な気がした。
あいつが僕に話さない悩み。
僕がなかなか気づかなかったあいつの変化。
そう考えていくと……しっくり来るというか、
それ以外考えられない気がする。
しかし、だったらなぜ、僕と入れ替わったのだろう?

「まさか、気楽な僕に入れ替わって予行演習のつもりだった?」
でも、僕は雅美に入れ替わったけど、雅美は意識を戻さないまま。
もしかして……失敗したって事?
「おいおい……」
だけど、笑えなかった。
それだけ、あいつは追いつめられて、悩んでいたのかもしれない。
……そんな心配事があったのだろうか?
「下半身の事じゃ……ないよね?」
しかし、異性のことで判らない……となると、
やっぱり身体の違う部分……しか思いつかない。
いや、心配事なら他にもあるだろうけど、
僕と入れ替わって解る悩みなんて、他には無いだろう。
雅美も僕の身体に乗り移ったら、男の身体の構造が……
とか調べるつもりだったのだろうか?
『あれ?
 ここって硬くならないのかな? うーん……』
とか言いながら、男の大事な部分を指で引っ張り回す雅美。
「……簡単に想像できるから怖い……」
雅美は昔から、そういうことに恥じらいがないというか、
小学生の頃までは男子に混じって下ネタだって平気だった。
だから雅美に意識があって、蒼太として生活してたなら、
スケベ心とか関係なくて、僕の体は悪戯されてしまっていた気がする……
となると、意識が無くてむしろ助かったのだろうか?
「そんなこと、ないか」
それでも、やっぱり雅美には無事でいて欲しかったし、
それに、もし僕の身体を自由に出来たとしても、
悪戯されてたとしても……
でも、あいつなら、任せても平気な気がする。

しかし、そこまで思い詰めるとしたら……
そんなに気にしていた、あいつの好きな男って誰だったのだろう?
「てか、親しい男なんて、全然予想付かないもんなぁ……」
無意識に、胸に手を当てて考える。
だけど、その柔らかい手触りは、
当たり前だけど何のヒントも与えてはくれない。
雅美の性格とか、好きなものはわかっている。
でも、それとこれとは別。
よく話している男子なんて一人も思い浮かばないし、
昔よく『理想の男の子』って話は聞かされた気がするけど、
クラスを見渡しても該当する男が思いつかなかった。
「だいたい、理想が高いよなぁ……」
優しくて、決断力があって、頼りがいがあって、
勉強が出来て教えてくれて……だっけか?
なんか僕に当て付けるようにぼろくそ言われていた気がするんだけど……
まあ、まじめに考えるだけ無駄かもしれない。
それなら、周囲の人間にでも聞いた方が……

「ゆりねに……聞いて、みようかな?」
ゆりねなら、分かるかも知れない。
もしかすると、相談だって受けているのかも。
でも、聞くべきだろうか?
今回のことには関係ないかも知れないのに、
急に切り出して変に思われないだろうか?
だけど、一旦気にし出すとなかなか止まらない。
「本当に……聞いて、いいのかなぁ?」
関係ないことをいきなり問いつめたりしたら、
ゆりねだって不機嫌になるかも知れない。
その前に……ゆりねは親友の――もしかすると――秘密について、
安易に話してくれるような子だろうか?
「いや、関係ないなら……逆に楽に聞けないかなぁ?」
ゆりねや僕には関係ないかも知れないけど、でも雅美の……
あんな事をしたきっかけにはもしかすると関係しているかも知れない。
だったら、聞くだけでも聞いてみるべきだろう。
「あー、もう! 聞こう。そうすればすっきりするはず」
その時の僕は、その疑問が頭から離れない理由、
そして、ゆりねの気持ちを心配する理由に相変わらず気づいていなかった。


(つづく)
SSindexに戻る
topに戻る

inserted by FC2 system