甘い檻


3の4

「雅美の好きな……ひと?」
「うん、ゆりねだったら何か知ってるんじゃないかなって」
心配していたとおり、ゆりねは少し怪訝な顔をした。
体がぎゅっと縮こまる思い。
「それ……知ってどうするの?」
「どうなるって訳じゃないけど、
 何か雅美がしたきっかけとか分かればって……」
「柳井君、本当に解らないの?」
しかし、ゆりねにそう聞き返されてしまう。
知ってて当然だと思われていたのだろうか?
「う~ん、あいつとつきあいは長いけど、
 結構あいつの交友関係って分からないんだよね」
ゆりねはため息を吐く。
もしかして、がっかりされたのだろうか?
親しい割に、こんなことも解らない……って。
女子は気が利かない男子を嫌うって何かで読んだ気がする。
「柳井君に分からないなら……特に特定の人はいないんじゃない?」
でも結局、彼女から返ってきた答えは……月並みな物だった。
少しすっきりしないけど……
「……まぁ、そうだよね」
そこまで悩むくらいなら、
僕に話さないのだから、ゆりねにも秘密だったのかもしれない。
だから、ゆりねにも、僕にも相談しないでこんな実験をした。
そう考えると……
少し複雑な表情のゆりねをよそに、
僕はその件については腑に落ちた感じがした。

「……ごめんね、解決のきっかけ……掴めなくて」
「あ? う、うん……ゆりねのせいじゃないよ」
謝罪の言葉。
だけど、その口調が……
妙に僕を責めてるように聞こえて、かしこまってしまう。
「でも、なんでそんなに気にするの?」
そして、僕にぶつけられる疑問。
「雅美のこと……考えても、解決策は分からないんじゃない?」
「そ、それは……そうなんだけど……」
伝わってくる、ゆりねのいらだち。
「それよりも私は……柳井君のことが心配。
 このまま……元に戻らなかったら……」
「……」
ゆりねの言いたいことは分かる。
今昏睡してしまっている……というか、
話も出来ない雅美のことを考えてもこの状況は解決できない。
でも、ゆりねのいう……元に戻らなかったときの心配は、
僕にとってはそんなに重要なことではなくて、
ゆりねのその親切が逆にいらっとする。
「(え……あれ?)」
感じる矛盾。
僕は……今、何を心配しているんだろう?

3の5

「でもさ、雅美が戻らないと……やっぱり心配だよね?」
そんな自分の感情を抑えるために、話を強引に戻す。
「それはそうだけど……」
「だから、何でもいいんだ。何かちょっとでもいつもと違う事があったら……」
ゆりねは僕の……雅美の顔をじっと見つめ、
少し悲しい表情でうつむく。
手がかりがないせいなのか、
あるいは、僕と雅美、二人とも普通でないことに胸を痛めているのか。
もしかすると、僕はゆりねに酷なことを頼んでいるのかも知れない。
ゆりねだって親友の意識が戻らなくて心配しているのだ。
それを、掘り返すように……
何の手がかりでもいいから探し出して、話してくれなんて。

「そんなに、雅美のことが気になるなら……」
複雑な表情で僕の顔を伺っていたゆりねが、不意に口を開く。
「え? 何か……あったのかな?」
「あんまり関係ない事だと思うけど。
 何かってほどじゃないけどね……約束すっぽかされた話」
「約……束……?」
努めて軽い口調で切り出すゆりね。
でも、その表情はあまり笑っていない。
「うん、最後に雅美と話したのは……そのことだったかな。
 私が、柳井君とお話ししたいって、雅美にずっと言ってたの」
「えっ……」
ゆりねも、ずっと僕と同じようなことを考えていたんだ。
そう思うと、ちょっと嬉しい筈なんだけど、
なぜか、胸が切なくてぎゅっと締め付けられる。
「でね、やっと……一緒に帰ろうって話付けたのに、
 柳井君が急用で来られなくなったって」
「な、なんだって?」
僕が……断った?
そんなこと、言ったこと……あったか?
「それって、いつの話……だっけ?」
「いつって……最後に話したのだから、柳井君が入れ替わった……二日前じゃないかな?
 次の日、ちょっと気まずくって話、してなかったから。
 柳井君は覚えてない?」
「あ、ああ……覚えてるけど……」
あの時だ。
雅美が……ゆりねに用事があって来られないって言った、あのとき。
なんで……

「どうしたの?」
「え、えっと……」
「そうだ。その時の用事って……何だったのかな?」
どう返事を返そうかと迷っていると……
キーンコーン……
「あ、チャイム鳴っちゃったか。じゃあね」
ゆりねはさらっと、話を切り上げて行ってしまった。
「ふぅ……」
チャイムに助けられて、僕はほっと胸をなで下ろす。
そしてその瞬間なぜそう思うのか、少し違和感を感じる。
そう、嘘をついたのは雅美なのに。
でも、次にゆりねに問いつめられたら、
僕はなんて答えればいいんだろう……?

3の6

「だいたい、なんで……雅美、そんな事したんだ?」
三人で帰る約束。
ゆりねが、僕が雅美に約束していたこと。
だけど、雅美はゆりねに嘘を吐いて、結局僕とだけ帰った。
なぜだろう?
「雅美……ゆりねをよく思っていなかった?」
それはないと思う。
ゆりねが嫌いなら……そもそも、そんな約束するだろうか?
でもそうすると、他の理由が思いつかない。
その時の僕は、
なぜか、雅美ではなくて
ゆりねが嘘を吐いている可能性を全く考えていなかった。

「なんか、もっとすっきりする理由が……ある気がする、けど……」
ここのところ、ずっともやもやしている感じ。
それは、全部同じ原因の気がするけど、考えても答えに行き着かない。
結局、単純に僕が二人の性格をいいように思い込みたいだけなのかも知れない。
だけど、ずっと親しくしていた雅美の性格を……
いいように思いこんでいただけ、っていうのもちょっと悲しい話だった。
「……悲しい?」
何でだろう?
友達なのに、分からなかったから?
そうかも知れないけど、でもそれで友人関係が終わる訳じゃない。
こんな寂しい気持ちにはならない気がする。
嘘つきの雅美では……嫌いになるから?
いや……そんな……
一度や二度の嘘で壊れるほど、雅美と僕の関係は浅い物じゃない。
そうじゃなくて。
「不安、なのかな……」
体が入れ替わって、
僕の体が昏睡状態のままになって、
雅美と距離が離れてしまっただけではなくて、
心の距離までが離れていく感じがして、落ち着かない。
いつもなら、分からないことならすぐ相手にぶつけられるのに。
何も、隠し事のない関係だったのに。
だけど、言葉を交わせなくなって、
急に相手の事が分からなくなる。
「そうじゃなくて……もともと分かってなかっただけなんだろうけど」
雅美の気持ちを聞きたい。
どうにかして知りたい。
でも、当たり前だけど……ゆりねに聞いてもだめ。
「どう、しよう……」
いつの間にか、僕は今考えなければならないことを忘れて……
ずっと孤独感に苛まされ続けていた。

3の7

放課後になっても、僕の頭からずっと……その考えは消えなかった。
「……雅美?」
雅美には、もう会えないかも知れない……
そんな縁起でもないことを考えると、胸が苦しくなる。
「……雅美ってば」
背中を這うような焦燥感。
そして、僕は今どういう状況に身を置いているかすっかり忘れていた。
「……柳井君。」
「えっ……あ!」
気が付くと、ちょっとふくれたゆりねの顔が目の前にあった。
どぎまぎする……と言うより居たたまれ無さを感じてあわてて体を離す。
「ご、ごめん……」
「何、考えてたのかな?」
「えっと……」
「雅美のこと?」
責めるような口調。
僕は咄嗟に、前の時間にとぎれた話題を思い出す。
『その時の用事って……何だったのかな?』
僕はその話題から逃れたくて……必死に言葉をつなげる。
「違うよ。どうしたら元に戻れるかなって」
「もう。考え事してても構わないけど……私がいること、忘れないで欲しいな」
「ごめん……」

言葉がとぎれ、静寂が二人の間を押し包んでいく。
狭い音楽準備室で、ゆりねはチューバの手入れをしている。
部屋に入るとき、密室で二人っきりになることにどきどきした感情も……
もうどこかに置き忘れていた。
「ふぅ……よいしょっと」
手入れが終わったらしく、椅子を立ち、チューバを棚にしまいに行く。
準備室は手狭で……棚には木管金管の小さな楽器から大きのまでずらりと並び、
そしてその置くにはコントラバス、パーカッション……大太鼓とかシロフォンとか、
果ては洗濯板まで。
「(なんであんな物が……)」
と言いたくなる物まで並べられ……
そして譜面台も雑多に置かれている。
と言うか、一部は崩れて床に散らばっていて……足の踏み場もない。
でも、ゆりねはチューバを担いで器用に棚まで移動する。
「大丈夫? 足下……」
「平気だよ。ここ狭いから……すぐ床まで埋まっちゃって」
チューバを棚に置き、振り向くゆりね。
しかし油断したのか、あるいは話しかけたせいか、その瞬間に足首を譜面台に取られてしまう。
「えっ……きゃっ!」
「あぶないっ!」
何か前もこんな事したような……
僕はそんな予感があったのか、反射的に椅子を立ち、ゆりねを支えようとする。
でも、僕も譜面台に躓いて……ゆりねの下敷きになるようにずっこけてしまった。

「あたた……」
「大丈夫? やな……雅美」
「ああ……」
体を少しよじるように回す。
なんか、ゆりねに横四方固めにされてるような体勢。
「ねぇ、……柳井君?」
しかし、ゆりねは体を起こすそぶりも見せずに……
真顔で僕に話しかける。
「魔法陣の呪いの解き方……解った?」
「え?」
不意に聞かれて、思考が止まる。
「魔法陣の、呪いの条件……あれが成立する条件は解ってるよね?」
「え、えっと……」
ゆりねの真剣な表情に圧されるように、僕は必死に思考を回す。
「二人の名前が書いてあること、その文字が処女の血で書かれていること……」
そして、ゆりねは低い声でこう告げた。
「だったら、それを無効にする方法、あると思わない?」
「え?」


(つづく)
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