甘い檻



4の6

「どうしよう……嫌われちゃった、かな?」
いくら健全な男子が女子の裸に興味を持つって言っても、
流石にイッちゃった……となると引いてしまうかも知れない。
「ごまかせば……ごまかせば良かったのに……」
中途半端にゆりねや雅美に気を遣ったせいで、
結局ドツボに填ってしまった。
「でも、どうして……イけちゃったんだろう?」
言われてみれば不思議な気がする。
聞きかじった話では、男と違って女は簡単にイッたりしないという。
だから、きっと……慣れないとなかなかイクほど気持ちよくならないのだろう。
それなのに……
初めてだったのに……
軽くさわっていただけなのに……いや、それはウソかも知れないけど。
さわればさわるほど気持ちよくなって。
歯止めが掛からずに……
気がついたら、気を失ってた。
「……」
ああ、思い出すと、おばさんの顔を思い出して居たたまれない。

『う~ん、たぶん、してるんじゃないかなぁ?
 たぶん、好きな人のこと、考えながら』
ゆりねはそう言ってた。
好きな人のことを考えながらしたら、気持ちよくなるのだろうか?
「普段、ゆりねとかで、したことあったっけ?」
ちょっと不謹慎なことを考えてみる。
でも、男の時は……どちらかというとグラビアでしてた気がする。
知ってる人間を思い出しながらするのは気恥ずかしい訳で。
だから、雅美なんかを思い出しながらしたことなんて……
「……あれ?」
ふと、気がついた。
風呂でしてたとき、僕は雅美の体を触っていたから気にしてなかったけど……
僕は、何を考えながらしてただろう?
「まさか……雅美のこと?」
それは冗談に違いない筈だった。
雅美と僕は、そう言う仲じゃないのだ。
それこそ、ずっと昔からの知り合い。
そんな好きとか嫌いとか言いだす前からの友達。
だから、それが理由なんてなり得るはずがない。

「だよな……だったら……」
そう、たぶん他のことを考えてたはずなんだ。
でも、何を考えていただろう……?
目を閉じて、記憶を辿ると……
頭の中に浮かぶのは……今ここにあるはずの裸身。
「えっ……あ、あれ……?」
あわてて、ちょっとキョドりそうになって……
深呼吸をする。
「違う、違う……落ち着いて。あの時のことを思い出さないと……」
湯船で考えていたこと。
雅美のこと。
雅美の体が綺麗なこと。
雅美の体が……気持ちいいこと。
雅美の体の……『かたち』のこと。
「えっ……ええっ……!?」
僕は、さっき否定したばかりにもかかわらず、
頭の中を支配していく思考に焦りを感じて、
さらに、無意識に指先がある場所を目指していたことに再度焦りを感じる。
「お、落ち着け……」
あのときのことは……のぼせてしまっていたし、
快楽に身を任せてしまっていたから、はっきりと思い出せないだけだ。
だから、そんなに焦ることはない。
無いはずだ。
はずだ……けど、
なんで雅美のことだけをはっきりと思い出すんだろう……?
全身から脂汗のような物が吹き出して、背中をぞくりと流れる感じがする。
そして、足が……膝が笑ったかのようにがくがく震える。
「な、なんだ……ろう……?」
僕は、体の中の変化に気を取られすぎて、
今が授業中なのをすっかり忘れてしまっていた。

4の7

「……和久井、和久井は居ないのか?」
「え、あ……」
自分の……雅美の名前が呼ばれていることに気づき、不意に我に返る。
「はい! すっ!済みません……」
「ぼやっとするな。69ページから読んでみろ?」
慌てて立ち上がり、教科書をめくる。
しかし、足の震えが止まらない。
「ん? どうしたんだ、そんなに震えて」
「え、えっと……」
答えに迷っていると、先生はあきれた顔をする。
「トイレ、我慢してたのか?」
「あ……」
それは違うのだけど、でも……否定できない。
そして、その方が都合が良かった。
「あのな。そう言うのは休み時間にすませておけ?
 ほら。
 行きたいなら行ってきなさい」
「あ、はい。スミマセン……」
その助け船に甘んじて乗せてもらうことにして、
感謝しながら……
震える足でトイレに急いだ。

「はぁ……」
さほど尿意がある訳ではなかった。
だけど、ちょっと落ち着きたくて、トイレの個室に入ると便座に座る。
「一応、しとこっかな……」
別にスケベ心がある訳ではないけど、せっかくトイレに来たのでパンツを下ろす。
すると、少しひんやりした感触。
「え、あれ……?」
見ると、漏らした訳ではない筈なのにパンツは濡れていた。
それは、少し粘性のある感触で、
少し糸を引きながら、
昨日、僕が夢中になっていた場所に冷ややかな感触を与えている。
「そ、そんな……どうして……?」
昨日のことを少し思い返していただけで、こんなになってしまったのだろうか?
たったあれだけの時間で……
しかも、授業中に……
すごく惨めな気持ちになって、僕はトイレットペーパーを遮二無二引き出すと、
それで股間をぬぐおうとした。
「…………!!」
後で考えると、その時はずいぶん乱暴に拭こうとしていた気がする。
でも、でも……!
僕は、その時一瞬気を失いそうになっていた。

「はぁ……はぁ、はぁ……」
気持ちいい。
なんで、気持ちいいんだろう……
何を考えて僕は……
「雅美……っ」
また思わず指が伸びそうになって、慌ててこらえて、首を振る。
何を考えてるんだ、僕は。
今は……今は、授業中なのに!
昨日は夢中になってしまったけど、今は授業を抜け出してトイレに来ているのだ。
「だめだ……しっかりしなきゃ」
もう一度、頭を振って邪念を振り払い、
今度は少量のトイレットペーパーを取って、汚した場所にそっと当てる。
「…………ふぅ」
感じないように、
邪な感触を悟らないように、ゆっくりと押し当てながら。
でも、それでもじんわり感じる心地いい感覚に、
僕は……自分の感触の正体を。
自分をこんなに高ぶらせる物の正体にすでに気づき始めていた。

4の8

「ごめんね、雅美。私が付き合わせちゃったから……」
昼休み、ゆりねは僕の所に来て……
「今日は寒かったから、近くなっちゃうよね。トイレ」
「ううん、そんなじゃないんだ」
「えっ?」
事実と違うので、思わず否定しそうになり……
墓穴なのに気づく。
「あ、ほら。そうじゃなくてね……
 話に夢中になってて、行くの忘れちゃったから。
 ゆりねのせいじゃないよ」
「……」
ちょっと言い訳としては苦しかっただろうか?
「で、何かな? ゆりね」
「うん。今日は……お昼、一緒に食べない?」
「学食?」
「ううん。中庭……あそこだったら日当たりいいし、あまり寒くないから」
中庭は芝生があって、日当たりもいいせいで……
屋上と違って、真冬のよほど寒い日でなければ結構暖かい。
「でも、今日は弁当持ってきてないし……」
「うん、知ってる。いいから。来て」

比較的暖かだ、とは言ってもこの時期は流石に外に出て食事を摂る学生は少ない。
ゆりねはその一角を陣取って……
弁当を広げる。
「まさか……ゆりね?」
「うん。お弁当作ってきたの。今日、雅美は弁当持ってこない日だし」
「そう……なんだ」
「ね、ほらほら座って。一緒に食べましょう」
ゆりねの隣に、少し角度を付けて座る。
「えっと……足」
「え? あ、ああ……ごめん」
思わずあぐらをかきそうになり、スカートで隠すようにして、横座りに。
「もう。人がいないからいいけど、パンツが見えちゃうよ」
「つい……こういうのって癖が出ちゃうよね」
言葉遣いは気をつけてるので、割と何とかなってきたと思うんだけど、
でも、こういう『たまにする仕草』は、つい失敗してしまう。
「はい、雅美の……お箸」
ゆりねのお箸を手渡されて。
「ささ、食べて。食べて」
「それじゃ……いただきます」

お箸を構えて、ついどれから手をつければいいのか迷ってしまう。
肉じゃが、コロッケ。
ミートボールに、塩鮭、
青椒牛肉絲に、焼売、
昆布巻きにひじきの煮物……
どれも量はそんなに無いけど、ずいぶんと豊富に取りそろえられたおかず。
「って、これ……作るの大変だったんじゃない? ゆりね……」
「ううん、そんな事無いよ。昨日の残り物とかもあるし」
いや、そうは言っても……
昔、雅美の弁当の『実験台』になった僕としては、
この種類がそう簡単に用意できないことはわかっていた。
だから、それが意味する事も何となくわかるんだけど……
「……それじゃ、この肉じゃがから、頂きます」
あえて、気にしない振りをして、無作為に肉じゃがに手をつけた。

「どう? お味は……?」
「うん、美味しいよ! 特にこの……肉じゃが」
「ほんと?よかった……」
僕の感想を聞いてほっと胸をなで下ろすゆりね。
でも、別にお世辞じゃなくて肉じゃがの塩加減といい、甘さといい、
僕好みの味付けだった。
「さすがに味の好みはわからないから……いろいろしてみたんだけど」
「そっか……」
だから、このおかずの種類、と言われれば納得だった。
確かに、微妙にどれも味付けを変えてある感じがするし。
でも、どれも……お世辞抜きで美味しいんだけど。
「ゆりねって、料理……うまいんだね?」
「そんな事無いよ。
 でも……お勉強とか、得意な物がないから……
 まあ、ましな方……なのかな?」
ずいぶん謙遜してるけど、明らかに一線を画する手際の良さだった。
誰かさんと比べて。

おかずの種類が多くて、ずいぶん量がある様に見えたんだけど、
気がつくとあらかた無くなっていた。
「うわ……すごい、よく食べるね雅美」
「あ、あはは……雅美の胃袋が大きいんだよ」
「あのね。その言い方はひどいんじゃないかな?
 雅美……そんなに大食いしないよ?」
「そっか、それじゃ……怒られるかもな。
 気をつけないと」
そんな事言って笑いあって……
ゆりねはふと、おかずに目を落とす。
僕は、一つだけ……まだ手をつけていなかったおかずがあった。
「あ……遠慮するのは次からでいいから。
 ねぇ、これも……食べてみて」
「うん……」
そして。
僕は……無意識に手をつけていなかった、その焼売を勧められて。
それを一口。
一気に頬張った。

「……ぶっ!!」
「えっ……」
その焼売の味に。
確かに美味しくできていたはずの焼売の味に、僕はとっさに噴きだしていた。
「ご、ごめん……何か変なもの、入ってた……?」
「……」
「ちょっと……隠し味に、マヨネーズ入れたんだけど……ダメだったかな?」
「……」
「前に、雅美に……柳井君って、焼売にマヨネーズ入れたのが好きだって聞いたから」
「そ、そうだったんだ……」
「ごめんね、失敗しちゃったみたいで」
「う、ううん……美味しかったよ。ちょっと……びっくりしちゃったけど」
「そ、そう……?」
「ああ。びっくりした。よく……出来てるよ……」
僕はそう言った手前、その焼売を美味しそうに頬張るハメになったけど、
だけどそれ以降……
ゆりねの弁当の味はよくわからなくなっていた。

4の9

焼売にマヨネーズ、というのは……
雅美が僕を実験台にして作った弁当の中で唯一の成功作だった。
素直に、普通のおかずを作ってくれれば良かったのに。
『蒼太、今日はスペシャルなおかず作ってきたよ!』
『何だよ、今日は……?』
『肉じゃがのジャガの代わりに、サツマイモ!』
『……』
その、ちょっとグロデスクな色になっていた一品は……
ちょっと甘みの調整に失敗していて……
『……』
『どお、お味は?』
『あま。死ぬほどあまっ!』
『ええ~~っ!?』
そんな事ばかりで。
だから、その奇跡の作品の時は、本当にびっくりして。
本当に感動して。
本当に褒め称えたものだった。
『すごい、すごいよ雅美! こんなに美味しい焼売なんてっ!』
『そう? えへへ……今日までがんばった甲斐があったな』
『これなら、将来お嫁さんになっても全然困らないよ!』
『ほんと? 本当にそう思う?』
『ああ。僕が保証するよ!』
『そっか……蒼太に保証されるなら……安心かなっ』

それから、弁当を毎日食べさせられた記憶は確か無かったんだけど……
運動会とか、行事の時は良く雅美が『特製焼売』の弁当を作ってくれてた気がする。
まあ、僕にとっても……弁当に付き合って、苦労の末に行き着いたメニューな訳で。
それなりに愛着があるわけで……
だから……
だから、ゆりねの弁当にそれがあったときには、きっと無意識にそれを避けていて。
だから、その味があの味とそっくりな事に、本当に驚いて。
そして、雅美の記憶が上書きされるような喪失感と恐怖を感じて……
本当に胃が受け付けなかったのだ。

ゆりねは本当に僕によくしてくれる。
そして、その気持ちは……たぶん、僕の気持ちに感づいているからで。
僕は、本当にゆりねが好き……だったし、その気持ちに嘘はないけど。
だけど、このまま……
このまま、もし、ゆりねが今以上に僕に気持ちを向けてくるなら……
もし、雅美の記憶をかき消そうとしてしまうことがあるなら……
僕は、ゆりねを……
その時まで好きでいられるだろうか?

「……もう、答え……出さないとダメなのかもな……」
ゆりねとした約束。
その答えを漠然と出しながら……
まだ、きっと僕は卑怯な選択の余地を残している。
だけど、その余地にすがりついている限り、
もっと悲惨な結果になってしまうのは……何となくわかっていた。


(つづく)
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