最後の授業


「うわ、遅刻しちゃうよ」
智也は、チャイムの音を聞きながら、昇降口を駆け抜ける。
靴を脱いで、下駄箱へ。
上履きを取り出して、靴を放り込む。
スリッパ状態で階段を駆け上がろうとして、転びそうになり、踵をつぶしたままつま先を蹴る。
昨日決心して、そのせいで夜更かしをしたとしても、
彼は、彼だけは、遅刻をするわけにはいかない。

「済みません、通してください」
教室の前には二人のPTAのおばさんがいた。
「まあ、何……もうチャイムが鳴ってるのに」
「はいはい、ごめんなさい」
その間を強引に押しのけて、教室へ滑り込む。
そこには……すでに先生が来ていて。
「もう、佐藤くん。もうちょっと遅かったら遅刻でしたよ」
ちょうど出席を取っていたらしい。
「済みません、いつもぎりぎりで」
「いつもは遅刻してるでしょう? あ……そこ、締めて」
「え? さっきは……」
PTAのおばさんがしかめっ面をする。
「今日は、私たちが視察しているから、開けておいて欲しいのだけど」
「いえ。授業中にドアを開けっ放しはよくありません。
 窓を開けておくのでそちらから」
「……」
僕がドアを閉めると、彼女たちは諦めて、窓に移動する。

白衣の先生は、出欠を取り終えて。
「さて、保健の教科書……156Pを開けてください」
少し、教室の生徒がざわつき出す。
前回は48Pだった。
「皆さんも……ニュースや噂で聞いていると思いますが、
 今日で、保健の、
 性についての授業は終わりになります」
開けた教科書のページは、裸の、男女の図が示されていた。
そして、廊下にいるPTAのおばさんが、目を細める。
「あなたたちは、まだ子供だから、もちろん……
 セックスをすることは認められていないのですが、
 それでも、将来のために、今まで教えてきたわけです」
所々、顔を見合わせている生徒たちがいる。
僕は苦笑しながら、教壇を見つめる。
「ですが、3年後、あなたたちが成人する頃には……
 性交禁止条例が発動します。
 残念ながら、私たちは、それ以降、
 子供を作るために、愛し合うために、
 セックスをすることは出来なくなります」
性交禁止条例――
体外受精が発達した現在。
そして、国によっては強姦が無くならない社会情勢を反映して。
先進諸国では、男性の無条件去勢による性交の禁止が普及していた。
「先生っ!」
男子生徒が、不安げに手を挙げる。
「何ですか、小林くん」
「えっと、3年後……僕らも、その……ちんこ、取られちゃうんですか?」
普段なら、先生をからかう下ネタの質問。
そして、先生の顔を真っ赤にする反応を愉しむんだけど。
だけど、今日だけは……誰も笑わない。
当の先生も真剣な表情のまま。
「そうですね。
 先進国では、レイプの完全な予防のため、
 そして、ペニスが無くても、精子の生成機能の保持が可能なことから、
 成人した男性にはペニスの除去が義務づけられています。
 我が国でも、それに批准したため、3年後から施行されることになります」
男子から、声が無くなる。
しかし、女子だって、笑い事ではないだろう。
好きな男子がいても、それは……その男と交わることを禁じてしまうのだから。
「成人するまでは、
 ペニスの除去は児童虐待に当たるという判断から、留保されます。
 でも、それは女子を犯していい、という意味ではないので注意してください」
「でも、しなかったら……なくなっちゃうじゃないですか」
先生は苦笑いしながら。
「あのね。一応法律上の判断としては……
 エッチなことは、女性を傷つける、という扱いで、
 成人するまでは、子供同士でも虐待と見なされるんですよ」
「そんな……」
ちらり、と僕は廊下を見た。
PTAのおばさんの一人は、微妙にそわそわしながら。
でも、もう一人は、先生の説明に納得しているようで、うなずきながら。
「だけどね。今日は、最後の授業なので……」
先生はちらり、と僕を見る。
「……」
僕は頷いて……席を立ち、ドアの方へ歩み寄る。
「最後に一つだけ。みんなに大切なことを教えて、
 この授業を終わりにしようと思います」
かちゃり。
「え?」
窓からのぞき込む、PTAの一人が、僕のしたことに気づいたようだった。
「ちょっと、あなた……何してるのっ!?」
ドアに駆け寄り、ドンドン、と叩く。
僕はそれを無視して、教壇にあがった。

「私は……知ってる人もいるとは思うけど、
 佐藤くん、ううん、智也と愛し合っています」
先生は、白衣の前をはだける。
そして、現れた黒いカーディガンと一緒に脱ぎ去ると、
そこには一糸まとわぬ綺麗な裸体が現れた。
「それは、先生と教師で愛し合うことはいけないことです。
 でも、ここには……協力を仰げるのは、彼だけ。
 そして、それでもこれからすることは、
 かけがえのない……大切な事です。
 だから、これからの私たちを、
 その目に、焼き付けておいて欲しい……」
僕が制服を脱ぎ終わると、先生は僕の股間に顔を埋めて。
いつものように……気持ちのいいキスをしてくれて。
ドンドン!
「開けなさい! あなたたち、何をしているのか分かっているのっ!?」
しかし、ドアは内側から鍵が掛かっている。
窓は開いているとはいえ、窓枠はかなり高い。
手すりもあるから、女性がまたいで越すのは難しいだろう。
僕は教壇に座って。
教室中の視線が、僕の股間に集中する。
恥ずかしい。
だけど、決めたことだ。するって。
最後の授業で、みんなに、伝えるために。
「言葉にすれば、簡単なことです。
 男性器を、女性器の中に導いて、
 快楽から射精を催して、
 子宮に、精子を受精させる」
先生はまたいで、僕の上に座るように。
「やめなさいっ!! そんな事したら、
 少年相手に性暴行したら、あなた、極刑ですよっ!!」
ヒステリックに叫ぶ声が聞こえる。
だけど、先生はひるまない。
「でも、言うことと、することはぜんぜん違うことなんです。
 もう、体験してる人もいるかもしれない。
 そんな子には、もう言うまでもないことだと思うけど。
 でも、ちゃんと見ていて。
 好きな人と、好きあっている人とする、
 身体を通わせてするセックスは、本当にかけがえのないことだから」
先生の指が僕の股間にあてがわれ、
それが、熱い、彼女の股間にあてがわれる。
「止めなさいっ!! やめ……きゃ、きゃぁああああああっ!!」
廊下から聞こえる悲鳴の中。
先生はゆっくり腰を沈めていった。
教室のみんなは、冷やかすでもなく、
声を失ったまま、じっと、見つめている。
「体外受精でも、愛する人の子供を授かることは出来るかもしれない。
 だけど、
 愛する人の身体の一部を受け入れて、
 自分の身体の中心に、子種を授かることは、
 本当に幸せなことだからっ」
息を切らしながら、汗を飛ばしながら。
身体を弾ませながら。
廊下では、PTAが応援を呼んだらしく、人が集まってくる。
「どけっ、私が中に突入しますから……おまえら、そこどきやがれっ!!」
「いやだっ!!」
男子教諭が教室に強引に押し入ろうとして、中の生徒がそれを妨害する。
「確かに、レイプはいけないことです。
 男性の一方的な暴力的なセックスは、女性を傷つけます。
 男性の外性器は出っ張っていて、女性の外性器はくぼんでいるせいで、
 女性のセックスは、どうしても受け身になりやすいです。
 けどっ!!」
先生の、下腹部がうねってきているのが分かる。
もう、時間がない。
だけど、僕は……先生を抱きしめて、キスを求める。
「はぁっ、んっ……
 それでも、相手を信頼して、女性は身体を開くのです。
 男性が、好きな人が、こうして……気持ちに答えてくれて。
 丁寧に愛してくれれば……
 それは、本当に気持ちのいい、神聖な行為になるんです……っ!」
僕も、もう果てそうで……
先生を抱きかかえたまま教壇を降りて、
腰が定まらない彼女を支えて、黒板に手を突かせる。
「はぁ、はぁ……んっ、智也……来て、ああ、もうっ……」
動きを早めながら、
先生はその衝撃を受け止めながら、チョークを手にする。
窓から入り込もうとする男子教諭はいつの間にか3人になり、
生徒の手だけでは押さえ切れそうもなくなって。
ドアも合い鍵で開けられたらしく、みんなで必死に身体で押さえつけている。
「ああっ、んっ……ありがとう、みんな。
 あっ、ああっ……」
のけぞりながら、僕の熱い気持ちを受け止めながら。
先生は最後に黒板に……
「セックス、ばんざい!――――――――――」
そう書き残して、教壇に崩れ落ちた。

やがて、教室に押し入ったPTAと男子教諭が、彼女の両脇を抱え上げる。
「おまえも、来るんだっ!」
「うわっ……!!」
僕も乱暴に髪を引っ張られて……
「待ってくださいっ。
 彼は、私が一方的に犯しました。
 未成年者の権利は、最優先に保護されるはずですっ」
僕の髪を掴んだ男子教諭は、すごい形相で彼女を睨む。
しかし、PTAの一人が割って入って、
「……分かりました。あなたの言うとおりですね。
 その子を、放してあげなさい」
忌々しげに、そのまま突き飛ばされた。
「……先生……僕は、僕っ……」
「……ありがとう。智也」
彼女はそのまま有無を言わさず連行されて、
男子生徒がうつむく中、
女子生徒がすすり泣く中、
それが、僕にとって、彼女の、最後の……授業になった。

(終わり)
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